『かわいそうに』と…出かけたお父さん
県外から上高地へ観光に来られる、犬連れのお客様が時々いらっしゃいます。上高地には犬を連れて入ることができないため、その間、数時間だけワンちゃんをお預かりすることがあります。
今回来てくださったのは、福島県からご家族でいらしたお客様。
お父様の腕の中には、大切そうに抱かれたチワワのみるくさん4歳がいました。
うちでは、新しいお客様が来ると、看板犬の秋田犬たちも、お預かりしているワンちゃんたちも、「誰か来たぞー!」とばかりに、一斉に鳴いてお出迎えをします。
私にとってはいつもの光景で、「まあ、犬がたくさんいる施設だから仕方ないよね」と思っていました。
ところが、お父様の表情がみるみる曇っていきました。
みるくさんを守るように、腕の中にぎゅっと抱き直します。
秋田犬たちもお預かりのワンちゃんも建物の中にいるので、みるくさんの近くに来ることはありません。それでも、たくさんの犬の鳴き声が気になったようです。
「ランには出さなくていいですから」そうおっしゃって、みるくさんはすぐにお部屋へ。
そして、「かわいそうに、かわいそうに」
と言いながら、みるくさんを置いて出かけていかれました。
私は、なんとも複雑な気持ちに……。
「そんなにかわいそうなら、上高地の観光を我慢して、一緒にいればいいのに」
なんて、心の中でちょっぴり思ってしまいました(笑)。
「うちはドッグホテルなので、他のワンちゃんもいるんです」と、当たり前のことをお伝えすると、お母様は、「そうですよねぇ……」とお父様をたしなめるようにおっしゃいました。最後までお父様は、なんとも不服そうな表情のまま、車に乗り込んでいかれました。
さて、残されたみるくさんはというと——。
最初こそ、ほかのワンちゃんに吠えていましたが、しばらくするとすっかり落ち着きました。そのうち自分からお部屋の入口までやってきて、ほかのワンちゃんとクンクン、ごあいさつ。「これなら、一緒にランに出ても大丈夫そうだな」と思うほどでした。
でも、「ランには出さないでほしい」という飼い主様のご希望です。そこはもちろん守って、みるくさんにはお部屋で過ごしてもらいました。
私にも尻尾をふりふり。「撫でて〜」とでも言うように近寄ってきます。
おやつもしっかり食べて、とても愛らしいみるくさん。
飼い主様が心配されていたほどには、みるくさん自身は不安そうでもなく、けっこうリラックスして過ごしていました。
そして数時間後。
お迎えに来られたお父様に、「大丈夫でしたよ。とても落ち着いて過ごしていました」
とお伝えすると、とても安心したお顔をされました。
そしてまた、みるくさんを大事に、大事に腕の中に抱いて帰っていかれました。
その姿を見て思いました。
本当に、この子が大切で仕方がないんですね。
最初は少し複雑な気持ちになった私でしたが、お父様のあの心配そうな表情も、「かわいそうに」という言葉も、全部そこからだったのです。
愛犬を誰かに預けるって、飼い主様にとっては、案外勇気のいることなのかもしれませんね









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